歴史するうさぎ

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2005年 04月 12日

THE PAPABILI--教皇選挙のフロントランナーたち

しつこいようだが、まだローマ教皇の話題である。
そして相変わらず無責任極まりないメモである。

ヨハネ・パウロ2世の葬儀ミサが終わり、話題は「次は誰か」に移っている。
現在、少なくともアメリカで最も名前の上がることの多い5名の枢機卿をあげておく。
(が、アメリカの教会とバチカンでは底で働く論理もまた異なるだろう。それでも日本のマスコミの「枢機卿の権力争い」のような報道よりは余程受け入れやすい。それにしてもThe College of Cardinalsの名簿を見ているんだろうか、日本のマスコミは。極めて疑問。)

Francis Arinze [Nigeria]
DOB: 11/1/1932
Position: Prefect, Congregation of Divine Worship and the Discipline of the Sacraments.
C/C: 1985

カトリックになったのが幼児の時ではなく、9歳になってからという異色の枢機卿。ナイジェリア出身の黒人でもある。堕胎、女性の叙階、ホモセクシュアル問題などについては、神学的に極めて保守的な考えを持つとされている。この点でヨハネ・パウロ2世を引き継ぐ部分もある。また、他宗教間の対話を推進する部局で長を務め、またイスラム教国へのNuncio(バチカン大使)の役職も経験があり、イスラム教国との対話推進という面を強調するならば、貢献が期待できるとされている。

Joseph Ratzinger [Germany]
DOB:4/16/1927
Position: Prefect, Congregation for the Doctrine of the Faith; President, Pontifical Bible Commission; President, International Theological Commission; Dean, College of Cardinals
C/C: 1977

"Transitional Papacy"と呼ばれる人物である。つまり、ヨハネ・パウロ2世のように長期間の務めを果たすべく選出される次の教皇が現れるまでの、中継ぎをさせるならこの人と呼ばれている。180名の枢機卿の長を務め、ヨハネ・パウロ2世の葬儀ミサの司式を務めると共に、教皇選挙のConclaveにあたっても長を務めることになっている。一般教義の中でも堕胎に対してはとりわけ反対の立場をとっており、アメリカにとっては、中絶法に賛成票を投じるカトリックの議員に聖体拝領を行わないようアメリカ司教団に勧告したことなどで知られている。具体的に言えば、前回の民主党の大統領候補であったジョン・ケリーのことであろう。

Diogini Tettamanzi [Italy]
DOB: 3/14/1934
Position: Archbishop of Milan
C/C: 1994

2002年のミラノ大司教選出と同時に、自動的にPapabiliに数えられている。なぜならイタリア最大の司教区の長であり、過去たった2人を除く全ての教皇がイタリアから選ばれたことを思えば、イタリア国内で最大の影響力のある教会の長であることは、教皇候補としての一大要因ではある。但し、ヨハネ・パウロ2世の時代が過ぎた後、その論理が通じるのかどうかは極めて疑問だが。ヨハネ・パウロ2世時代の多くの教皇回勅の草稿をまとめた人物であり、また、イタリア・カトリック司教協議会(要するにカトリックの本部である)の長でもあった。イタリア人の枢機卿団の票をとりまとめる力があるという意味で、候補に名前が挙げられているのであろう。彼もまた、ホモセクシュアル、堕胎に対しては強く反対の立場をとっており、セックス産業に関わった場合の中絶問題においては破門も辞さないとしている。

Christoph Schoenborn [Austria]
DOB: 1/25/1945
Position: Archbishop of Vienna; Ordinary for Byzantine Catholics in Austria.
C/C: 1998

この5人の中では60歳と最若手である(60歳で若手と言われても。ヨハネ・パウロ2世は就任時58歳だった)。ウィーン大司教になったのは、前任者や他の司祭たちによる、若年信者へのセックススキャンダルが問題となり、教区のカトリック教会のイメージのクリーンアップ化の役割も期待されてのことでもあった。しかしながら他の年長の司教たちからは、彼のそのイメージ払拭への努力が、強引過ぎたり、また前任者のスキャンダルを強調し過ぎであると苦言を呈されるなど、身内との戦いを余儀なくされている様子もうかがえる。

Claudio Hummes [Brazil]
DOB: 8/8/1934
Position: Archbishop of Sao Paolo
C/C: 2001

ブラジル最大の司教区、サンパウロの大司教である。司教職に就く前より、貧困問題に取り組み、global capitalismへの批判を繰り返し、全世界に広がる貧困に苦しむ人々を代弁するために働いて来た。教皇候補者としては、ヨハネ・パウロ2世の路線を確実に引き継ぐ人材とされる。ヨハネ・パウロ2世も貧困へはとりわけ深い関心を示しており、また、Hummesもまた教義的には保守で、避妊反対の立場をとり、ブラジル国内での政論を引き起こす機会も多いようである。

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それにしても改めて枢機卿名簿を見ると、余りにも年齢が高いことに驚かされる。ヨハネ・パウロ2世自身が、自らがそれだけ長生きすることを予想していなかったかのようですらある。最年少にあたる1950年代生まれは、フランス・リヨン大司教のPhillippe Barbarinの1950年とハンガリー、エステルゴン=ブタペスト司教のPeter Erdoの1952年生まれである。1940年代に生まれた他の枢機卿は13名。相互互選の教皇会議に臨む人々の1割半と言ったところだろうか。ちなみにヨハネ・パウロ2世ことカロル・ヴォイティワは47歳で枢機卿になり58歳で教皇となっている。

(恐らく今日の本文は、後日書き直しの必要が生じるでしょう。但し、選挙の結果によって書き直すことはしません。。)
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by lapin_histoire | 2005-04-12 10:46 | 歴史のほとりに佇む


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