歴史するうさぎ

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2005年 04月 07日

中国地下教会司教の運命

教皇関連のニュースはまだまだアメリカではとどまるところを知らないし、それは金曜日の葬儀ミサで一つの盛り上がりを見せ、そして教皇選挙で二つ目の山を迎え、そして新教皇就任で第三の報道の峠が来ることと思う。

それまでまだ10日もあり、本来ここでは宗教に関係のない別の分野の歴史の話をもっとしたいのだけれど、「はじめまして」の項目にも書いた通り、自分のacademic interestsを支え満たすのがこのページの自分にとっての目的なので、今日は最近のニュースの備忘録だけのために記事を書いてみようと思う。ともかくメモしておきたいので、細かいことは今は調べ直さずに書いてアップロードするつもりでいる。下書きもしていない。もし何らか情報を使ってみたい方がお読みくださっているなら、大変恐縮ですが、私がリンクやソースを貼付けるのお待ち頂くか、あるいはご自分でそこから先をお調べ頂ければと思います。基本的に余りにも間違ったことを書くことはないと思いますが、speculationがかなり含まれると思います。そこは備忘録に過ぎない記事であることを十分ご理解くださいますよう、お願いいたします。

今日書こうとしているのは、タイトルの通り、中華人民共和国とカトリック教会の関係である。共産主義国では原則として宗教は認められない。ソ連でもロシア正教会は地下活動で命を繋いでいた。現在正教会とカトリックを比べると、正教会の教義の方が余程厳しい。それがソ連時代には、生き残りのためにかなり緩めていた部分があることを、友人を通じて知らされたりもしている。背景は異なるが、日本の隠れキリシタンに通じるものを感じる。

現在中華人民共和国には二つのカトリック教会がある。一つは、政府公認のカトリック教会と言われている。中国政府は、外国人をリーダーに頂く教会を認めることはない。この教会は、政府が認めた中国人の最高責任者がいるカトリック教会なのである。ローマ・カトリック教会には、カノン法という、ナポレオン法典より古い法律がある。これが改訂に改訂を重ね、今でもカトリック教会の教義となっているのだが、ローマ教皇を頂きに置かない教会はカトリック教会ではないというのは、カノン法をわざわざ引かなくても理解するのは難しくはないはずだ。つまり、政府公認の中国のカトリック教会は、バチカン非公認の裏教会なのである。

もう一つはもちろん、バチカンと教皇に忠誠を誓う、他国と同じ条件の本来の姿の「ローマ・カトリック教会」である。しかし、上に書いた理由によって、政府に公認されることはなく、必然的に中国国内では「地下教会」となっている。

(蛇足であるが、日本でも1937年、第二次大戦直前の宗教法人法改正によって、外国人をリーダーにすることができなくなり、この時、全てのキリスト教教会で日本人の代表が誕生している。カトリック教会に関して言えば、これを機に日本人司教が生まれる訳だが、問題は、信徒が「カノン法」を理解するための「公教要理(Catechism)」の教科書の日本語版に、「教会の最高代表者はローマ教皇である」と書けなくなったことである。この時、苦肉の策として、たとえば東京の信徒であれば、「東京大司教の指示に従う」というような形の表記がされたことがあるそうだ。日本の時代背景も、現在の中国の状況に準じるものがあるようにも思うが、二つの教会の対立と、本来のカトリック教会の政治的危機を見る時、中国の方を深刻視せずにはいられない。)

(二つ目の蛇足であるが、そんな訳で身の回りで大陸中国出身の方が自分がカトリックであると言われた時には、どちらの教会員であるかを答えることは、どちらのメンバーにとっても非常にsensitiveな問題であるということを、記憶しておいて頂くと良いと思う。)

さて、亡くなった教皇ヨハネ・パウロ2世は2003年の枢機卿選出に際し、「自分の心の中の」枢機卿を名前を公表することなく任命した。条件はすべて名前が明らかにされている枢機卿と同じであるが、ただ一つ、その名前はどこにも記されず、教皇の死と共に無効にされると当時の新聞で読んだ記憶がある。(この無効の話は今回確かめ直していない。)

この非常に珍しい任命の報を聞き、多くのカトリック関係者は(というか事情がわかっている全てのカトリック関係者は)、この枢機卿が中国から生まれたに違いないと想像した。政府から迫害を受け続ける中国カトリック教会は、バチカンの大きな関心事であり、日本の教会も隣国の教会のこの状況を憂い、日々の祈りの対象としている。

最近の報道で恐らく周知となった通り、バチカンのヒエラルキーの頂上にいるのが教皇であり、その直下にあたるのが180名ほどの枢機卿(英語ではcardinals)である。日本には二人の枢機卿がいる。東京大司教区の白柳誠一大司教と教皇庁移住・移動者司牧評議会議長
の濱尾文郎大司教である。二人とも80歳未満であり、今回の教皇選挙の選挙権と被選挙権がある。中国で生まれたと想像される「心の中の」司教は、教皇が帰天した今、選挙権があるのかどうかよくわからない。これもこの記事をアップした後、なるべく早い機会に調べてみたいと思う。

そこに昨日のニュースである。
中国の「地下教会」のヤオ司教(Bishop Yao Liang)とワン司祭(Father Wang Jinling)が、中国政府に逮捕監禁されたというのである。

このニュースからわかることは、恐らくバチカンの方針や考えではなく、バチカンに対して、中国政府がどんな予想を立てていたかであろう。

あくまで想像しうる範囲の話であるが、つまりは
中国政府はヤオ司教が、教皇が2003年に選んだ「心の中の」枢機卿と想像していたということである。枢機卿は教皇選挙への出席「義務」がある。これは「義務」なのである。欠席するからには相応の理由が必要な事例である。想像されるのは、中国政府が教皇が選んだに違いない中国の地下教会の枢機卿の国外への外出と教皇選挙への出席を封じ、あくまでローマ・カトリックを国内では認めない方針を強固に示そうとした。

これはあくまでも想像の域を出ないが、辻褄は合っている。

たとえヤオ司教がヨハネ・パウロ2世から任命された枢機卿であったとしても、今回の選挙に出席することは、これらのニュースから見て、極めて困難に見られる。あるいは、ヤオ司教という代表に足る人物がいることを隠れ蓑に利用し、次席の司教を枢機卿に選んだと言うことはあり得ないだろうか。宗教機関と見なされているだろうが、バチカンは国家でもある。聖職者であっても、専門の学問を積んだスタッフが外交を担ってもいる。政治的駆け引きには、ある意味では世俗の政治家よりも慣れているフシがないわけでもない(これはもはや信徒の想像であって、何の学術的裏付けをするものでもないが、世界のカトリック系大学のインテレクチュアルの顔ぶれなどに見る聖職者を想像することができれば、納得して頂けるかも知れない。イエズス会系で想像すると面白いだろう。)

ここからはもう学術的な記述は捨てる。

もし本当にヤオ司教が「枢機卿」であるならば、ヤオ司教を教皇の有力候補に据えて考えてみるというのはどうだろう、という乱暴というにも乱暴過ぎる議論もありうるかも知れないと想像してみる。研究対象を弄ぶのもいい加減にしろと言われそうな話だが。

アメリカの報道で、アメリカの枢機卿たちが教皇になることはないのだろうか、という話題がある。それは恐らくあり得ないだろう。アメリカのカトリック教会の問題は、アメリカに特有の問題であり、universalな問題とは言い難いからだ。司祭の若年層信者への性的虐待や、避妊問題などが取り沙汰されるが、世界的に見れば、教会の問題はそんなところにはない。もっと大きな問題は、発展途上国に増え続ける信徒を直撃している「貧困」であろう。正直なところ、ヨハネ・パウロ2世の後は、最大の問題は「貧困」に据えられ、中南米か東南アジアからの教皇選出が、一つの可能性としてよく語られていた。ただ、2001年のテロ以降、その他の要素が余りにも不確定となり過ぎて、この説は以前ほど有力ではなくなっている。

アメリカの教会から教皇が出ないと予想されるもう一つの大事な問題だが、アメリカの教会は世界的に見て、必ずしも成長してはいないのである。現在、世界のカトリック教会で著しい成長を遂げているのは、実はアジアである。東南アジアや韓国での信徒数の増加は目を見張るものがある。バチカンへの上納金(という言葉もなんだが)において貢献著しい日本の教会に焦燥が見え隠れする原因でもある。日本の信徒数は僅かに増加傾向にあるが、アジアの他国に比べれば、それは限りなくゼロに近い微々たる数値と言える。そして、前述の通り、各国でマジョリティとしてのカトリック人口を抱え、そして世界的視野で見れば大きな問題である貧困を抱える中南米もまた、教会にとって重大な存在感を放っている。更に、成長著しいと言えば、アジアの次にあげられるのは、アフリカのカトリック教会でもある。これらの地域に比べると、アメリカの教会は見劣りしているのである。

人権、貧困、政治による宗教迫害--こういった時代背景を担って現れるのに相応しい教皇は誰か。想像するだけなら許されても良いだろう。

今日の記事は備忘録だから、結論は何もない。
ただ、ヨハネ・パウロ2世が晩年に任命した匿名の枢機卿の運命はどこに向かっているのか、中国のヤオ司教はこの一連のバチカンでの出来事には全く関わることはできないのか、そして教皇選挙が終わった後、司教はどのように中国政府に扱われるのか。無宗教化が進むヨーロッパ、独自の問題を抱えるアメリカ、そしてそれぞれの成長と問題を抱えるアジア、中南米、アフリカのカトリック教会はどこへ向かい、そして教皇選挙にどのように関係していくのか。

様々な疑問だけをここに書き連ねて終わる。

もう一つ、予告のようだが、ヨハネ・パウロ2世の1997年の勅書"Ecclesia in Asia"(アジアにおけるカトリック教会)について、遠くならないうちにメモ程度でも書いてみたいと思う。なぜならばこの中で、ヨハネ・パウロ2世は明確に「キリストはアジアで生まれた」と述べ、カトリック教会にとってのアジアの重要性を強調しているからである。

今日はここでタイプする手を止めることにする。

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追記:「心の中の」枢機卿(Cardinal in Pectore)については、かつてウクライナとラトヴィアがソ連(共産主義国といて無神論を貫いていた)の一部であった時代に、ヨハネ・パウロ2世はこの2つの地域からも匿名で選んでいるが、後に、両国の独立と教会の回復と共に、二人の名前を公表した。現在、国が認可した宗教しか認めないという政治姿勢を貫いている唯一の国が中華人民共和国であるそうだ。

このcardinal in pectoreのタイトルの有効性についてだが、カノン法では口頭で教皇が宣言する必要はないものの、何かに記録がなければ認められないとされているらしい。もしも教皇がどこにも書き残していなければ、この枢機卿は任務遂行はできない。遺書の中に名前が書き残されていないかというメディアの質問が出ているのはこのためである。もし名前が残されて、教皇選挙前に明らかにされれば、この枢機卿には選挙権が与えられ、現在117名と言われている選挙権のある枢機卿は118名に訂正される。(4/8/2005 07:50AM JST)

後から色々調べてわかったのだが、ヤオ司教とワン司祭、どちらも80歳を超えているらしい。もしも枢機卿だったとしても、選挙権がないということになり、その影響力は弱いのだろうか。教会が地下組織化した段階で、神学理論をバチカンが定める方法で勉強する機会のある司祭がいなくなったということもあるのだろう。枢機卿レベルのいわゆる学者タイプの司祭が若手の中に育つ機会が摘み取られているということも考えられるのかも知れない。が、いずれにせよ、このspeculationはspeculationの枠を超えない可能性も、この年齢の情報によって強まったのかも知れない。いずれにせよ、私にとってはこの記事はメモなのですが。(4/12/2005 10:20 JST)
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by lapin_histoire | 2005-04-07 13:46 | 歴史のほとりに佇む


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