歴史するうさぎ

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2005年 04月 02日

教皇ヨハネ・パウロ2世の時代が幕を引く意味

ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世の危篤が報じられ、メジャーな朝のニュース番組が主要メンバーを夕べのうちにバチカンに送り込み、今朝の多くのニュースがバチカンから報じられている。NBCのTodayはメインキャスターの中でも看板格のMatt Lawerを送り込み、3時間の番組の半分以上がバチカンからの報道に費やされた。どうしてこのような報道姿勢になるのか、アメリカに滞在している報道関係者も含めて、多くの日本人には正直なところ理解できないのではないかと想像する。それは、昨年の米大統領選報道でほとんどの日本の報道が軽視し、結果の行方を見落とした部分でもあると思うのだが、恐らくその時にも自分たちが何を見落としたのかに気付かなかったに違いない。

宗教の意味を日本人は一般の感覚の中から完全に失っている。学者や報道といったインテレクチュアルの中にさえ、それを見る感覚はほぼ完全に喪失されていると言わざるを得ない。日本人がそれを理解する必要がないという議論を云々するつもりはないが、それがなければ、少なくともアメリカは理解できない。それだけは断言できる。これはトラップかも知れない。文化、宗教からアメリカを語る人々は、みな政治、経済にも関心と注意を払いながら議論を進めなければいけないことを知っている。が、政治、経済を中心にアメリカを語る人々は、宗教を欠いて発言することで、内容の重大な側面を見落とす可能性に気付いていない場合がほとんどだ。それでもアメリカに育った人は、感覚的にそこをカバーしている。その感覚を持たない場合、何が欠けているかにさえ気付かない可能性が高い。日本のインテレクチュアルの多くは、物事のmaterialな側面には非常に明るいが、spiritualな側面を軽視し過ぎだ。それを重視する国民のことを見ようとするならば、少なくともそういう人々がいて、そういう視点に意味があるということだけは理解するべきだと私は思う。

この宗教に対する感覚について、アメリカを語る時には重大な意味がある。西欧については議論が分かれるだろう。フランスは宗教を捨てたと言っても過言でない。恐らく日本と状況は大きく変わらない。が、東欧や南米、南アジアやアフリカでは、様々な意味で宗教は政治にも経済にも影響を与える力をまだ持っている。中東に至っては言うまでもない。

日本のほとんどの人はヨハネ・パウロ2世の役割を知らない。
彼は2000年のカトリック教会史の中で、二人目、約450年ぶりの非イタリア人教皇である。元々はポーランド出身の枢機卿であった。(名前はカロル・ヨセフ・ヴォイティワ[Karol Józef Wojtyła]と言った。)さらに、彼の前任であるヨハネ・パウロ1世は就任33日目に急死を遂げている。教皇選挙権と被選挙権を持つ枢機卿は、どの時代においても、一般的に考えて生涯一度しか教皇選挙の機会に立ち会えないものである。教皇職は終身制と定められてはいないものの、多くの教皇は、そして様々な身体的苦痛にあった現教皇はとりわけ顕著な例であるが、「神が自分に時間を与える限り」その職を全うしようとすることで、教会のリーダーシップを示そうとするからである。

話がずれたが、そういう訳で、ヨハネ・パウロ2世は、前任者を選んだ同じメンバーによって選出された史上稀なる教皇なのである。それがどのような意志となって現れるか、様々な可能性が議論されるだろうし、仮説も語られるだろう。少なくともヨハネ・パウロ1世と比べてみれば、全く違うタイプの人物が選ばれたことで、枢機卿たちの考えはより明確に示されたというべきだろう。結果として、彼らは現教皇を選び、恐らくその結果が、現教皇のこれまでの26年間の全ての行動を形作ってきた。

史上初のポーランド人教皇の選出は、1978年の世界(それはもちろん欧米中心のものではあるけれども)に対して、バチカンの期待という形で、一つの明確な意志を示していた。

この教皇の任期中に、冷戦に一つの決着をつける。
その終結を組織として世界最大規模の教会として期待する。

これは当時、どれくらいの人が気付いていたかは別として、強大なメッセージだったことは間違いない。事実、自国から教皇を輩出したカトリック国であり東欧で圧迫され続けたポーランドでは、「連帯」の活動が教皇選出を機に活発化し、ポーランドのナショナリズム運動に火をつけることになる。ポーランドで起きたナショナリズム運動は、東欧圏中に飛び火し、ソ連を圧迫し続けた。結果が15年を待たずに出たことを我々は目撃したし、この連鎖が偶然でないことを、当時の記憶を持つ人々は恐らく否定しないと思う。東欧とソ連の解体を経済問題だけで語れば、この視点は失われてしまう。

ヨハネ・パウロ2世の選出は偶然でもなければ、純粋に宗教性だけに基づくものでもない。
彼の選出は、バチカンの国際政治への影響力を明確に示している。

現教皇のもう一つの特徴は、対話の旅だった。
文字通りの旅する教皇であった。

バチカンに籠り、外から会いに来るのを待つという従来の教皇のあり方を、彼は真っ向から否定した。日本を初めて訪れた教皇でもある。目的はただ一つ。対話である。

カトリック国の問題について語る対話はもちろんだったが、現教皇の最大の功績は、他宗教のリーダーたちとの対話と言っても過言ではない。紛争の耐えない中東のイスラム教のリーダーたちを積極的に訪ねた。ギリシャ正教をはじめとする正教会との対話や、イギリス国教会大主教との対話の機会も少なからずあった。キリスト処刑の経緯ゆえに決して相容れることがないと思われたユダヤ教徒との関係を修復したのも現教皇だ。これを実現するために、ヨハネ・パウロ2世は、第二次大戦中のユダヤ人虐殺に対してカトリック教会が無関心であったことに謝罪を表明している。謝罪と言えば、破門の上処刑された中世の科学者たちの名誉回復をしたのもこの教皇だった。日本の仏教・神道の指導者との対話もあった。ダライ・ラマを支持していた。まさに現代に生きる教会を実現するために、奔走し、現代の問題としての異宗教間紛争の調停を、カトリック教会全体として実現するための布石を敷き続けた。

宗教と政治の観点から見れば、これだけリベラルだった教皇はかつて存在しない。それは時代の要請でもあった。

一方、教会内の信仰の問題についてこれだけ保守を積極的に語った教皇もいないだろう。それを語らねばならない時代だったということもある。いずれにせよ、ダイナミックにバランスをとっていた教皇の発言は、見るものにとっては、肯定的な意味でも否定的な意味でも、議論するに足る魅力的なものだった。

彼が言葉と体で示したもう一つの問題は、「命」そのものである。
死刑制度についても、堕胎の問題にしても、そこから派生する避妊や安楽死の問題についても、その考えは一貫していた。現代社会では、多くは経済的な理由から妥協して考えざるを得ないモラルの問題がある。それが政治に影響を与えていることは言うまでもない。

死刑制度廃止の問題は、民主党が支持し、共和党が反対する。
避妊、堕胎の問題については、民主党は認めよと言い、共和党は積極的に意見を述べない。

「生かせ」と「殺して構わぬ」を同時に語る一つの党。おかしくはないか?矛盾はないのか?
「生命」の問題が政治のキャスティングボードになるというならば、どうしてこれほど一貫性がなくなってしまうのか。心に誠実に生命の問題を考える人にとっては、民主党支持か共和党支持か決められない。それが答えになる状況がある。つまりこの問題は、政治政党の枠組みで語られた途端、他の要素に縛られ、本来の「命」の問題ではなくなっているということだ。その「他の要素」は教会が発言する領域ではなく、したがってそのために教会が揺れる必要も、非難される必要も全くない。

教皇の発言は保守に過ぎると見えるだろう。避妊の必要性を必死に解いたクリントン元大統領が「馬鹿者」呼ばわりで教皇に一蹴される様子は、個人的にクリントン氏に好感を持つ私にとっても、どこか小気味の良いものがあった。私自身も避妊の必要性、重大なケースにおける堕胎の必要性は理解しているし、それを支持する気持ちもある。ただ、精神面での牙城としてのバチカンの存在が揺るがず一貫していなければいけない、というこの教皇の姿勢は、私にとっては心地よかった。バチカンが揺るげば、キリスト教的価値を重視する地域や人々のモラルの一番厳しい基準値が変わる。それが世界を変える。揺るがないバチカンを見ながら、どこまでの妥協が妥当なのかとその可能性を探るのは、世俗の世界の問題であって、バチカンの仕事ではない。バチカンは現代という時代に則した形の中で、基準値の一番厳しい値、妥協ではなく宗教的理想に基づく基準を示しているだけだ。それを勘違いするべきではないと思う。

そうは言っても、宗教を真剣にとらえる国民性を持つ国々では、バチカンが与える政治的影響力はこのような理由で看過する訳にはいかない。政治を動かすこのような生命倫理にかかわる問題に対して、しかし教皇は全く個人的に、そして単純にこれを示そうとしている。キリスト教徒にとって生命は神から与えられたものであり、与えられた以上全うすべきものである。終身制でないにもかかわらず、ヨハネ・パウロ2世が引退を表明しなかったのは、ただ一点ここにある。命の限り使命を全うすること。この数年間、ニュースを通して私たちは教皇の選んだその生き方に立ち会ってきたし、そこに彼の明確なメッセージがあったことを私たちは知っている。Terri Schiavoの安楽死問題に対して、明確に教会が反対できるのは、教皇がこうして病と闘っている事実が後ろ盾になっているからでもある。夫と両親、司法と政治の問題が命の問題に絡んで戦っているが、どちらを支持するにしても、教会が一つの明確な答えと意見を持っていることを意識することは、無意味ではないはずだ。

高齢に至ってからは健康に恵まれなかった教皇だが、その為すべき仕事を全て為した、為しきったと言われる教皇でもあると思う。ニュースは今、彼の生命が最後の数時間を迎えていると報じている。おそらくこれが正しい情報を私たちに伝える一番適当な「言い換え」なのだろうと思う。

教皇は夕べ「病者の塗油」という秘跡を受けている。かつては「終油の秘跡」と言われたものだ。(ちなみに、朝日新聞は未だにこの古い用語を使っている。訂正できる人材がいないのだろう。)カトリックの秘跡の多くは神からの「赦し」を目的としている。多く誤解を受けるが、これは、簡単に過ちが赦されることや、過ちに対して甘い意識があるという意味ではない。仕事においても生活においても、正しい方向を求める時、すべてを教会が定める「罪」なるものに意識を払っていては十二分にその善への意識も生かされなくなってしまう。時には逸脱を恐れずダイナミックに模索しなくてはいけない時がある。しかし、教会は何が「罪」かを明確に定めて列挙しているし、そこに後ろめたさを残しては次に進むことがままならない。宗教的に言うならば、「罪」の羅列の究極には、天国への道の閉ざしがある。現世的な視点だけで考えるならば、失敗を悔やんで前に進めないという感覚と言えば、理解されやすいと思う。そのために、神の代理人としての資格を教会から認められた司祭を通じて赦しを受けることには、それなりの意味がある。そして、死を前にするならば、生きてきた道のりのすべての罪を赦されてその時を迎えることには、信徒にとっては重大な意味がある。従来の「終油の秘跡」には、この最後の赦しの意味しかなかった。現在は重篤な病状からの帰還の可能性が科学的に増えたことも踏まえ、この秘跡はむしろ病者に対する神の加護と恵みという意味を含むようになり、必要があれば複数回受ける可能性もある。現教皇の命を思う時、両方の意味で祈りたいと思いつつ、これだけの活動を実現した彼が、すべての準備を済ませたことに安堵する気持ちもある。

個人的に言えば、カトリック教徒である私にとって、教皇には大きな父親のイメージというのも確かにある。親しく感じる部分もある。その意味でPope(パパ様)と呼ばれるのは相応しく、そしてその大きな父が今向かうところを見れば一抹の寂しさを感じない訳ではない。彼は私が中学生の時からの教皇であり、いくら幼稚園からカトリック系の学校に通ったと言っても、自分が明確にカトリシズムを考えてきた道のりの全てにおいて、私にとっての教皇はヨハネ・パウロ2世だった。私個人にとっても、カトリック教徒として生きて来た一つの時代の幕引きになるのだろう。

しかしそれよりも--
これだけの役割を果たしてきた教皇は、病気に苦しむ間に、随分長い準備の時間を残される者たちに与えて来たはずだ。バチカンが次をどう考えているのか。どこを見据えているのか。遠からず私たちはそれを見ることになる。その時に、バチカンが示すその方向にどんな反応や判断をすることになるのか。私たちもそれを試される機会が来ているということでもある。

その意味で、今私たちは、過去と未来を分かつ「歴史の分岐点」に立ち会っている。彼が去る時、冷戦はもう一度終わるのだろう。そして、次なる世界の解くべき問題として何が提起されるのか。それをじっくりと見つめ、その意味と可能性を考える機会がくる。

今朝からのニュースの動きにはそういう意味があるのだと、歴史家の端くれの私は考えている。ちなみに、アメリカのカトリック人口は、総人口の27%である。この数値は教皇の健康状態を伝える一連のニュースの必要性のもう一つの後ろ盾でもあり、また、全く別の内容の多くのアメリカ論のソースにもなるだろう。


本記事は
Excite エキサイト : 国際ニュース;ローマ法王、病状深刻 心臓機能、大幅低下[ 04月01日 21時30分 ]』と
Excite エキサイト : 国際ニュース:<ローマ法王>死去、84歳 激動の国際政治に深く関与[ 04月03日 05時58分 ]
にTBを送っています。

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追記:アメリカ東海岸の時間で4月2日朝、日本時間の2日夜に日本のニュースサイトをチェックしたところ、半日前と比べ、ローマ法王(教皇庁では「教皇」の呼称の方を希望している)の病状についての報道が目立つようになってきている。欧米の報道の様子に何か異様なものを感じて慌てて取材をしているという雰囲気も感じられる。もちろん誤解かも知れない。日本国内での報道の様子はTVなどを通じて見ることができないため、どうしても温度が感じられない部分をご了承ください。(4/2/2005 8:30 AM EST/10:30 PM JST)
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追記:カトリック信徒としての表現で言います。ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世は現地時間4月2日午後9時37分、帰天しました。キリスト教の世界では、死は終わりではなくもう一つの命への始まりと考えられています。寂しさはあるものの、悲しみのムードというのが伝えられているとすれば、それは少し違うのではないかと思います。また、次期教皇選出をめぐる教会内の勢力争いを中心に報道されているとすれば、それにも大きな違和感を感じます。それは今後の教会自体の関心の中心を世界のどこに置くかの問題であり、枢機卿個人の権力の問題とは異なるからです。理解されづらいと思いますが、世俗的な政治的関心とは異なる部分がどうしてもあるのです。

教皇に対しては、「神の御前にその魂が安らかに憩いますように」--恐らくこれが正しい送り言葉ではないかと考えています。信徒の最も陥りがちな教会の罪である「怠り」から、最も遠いカトリック信徒であり、教皇にふさわしい人物を26年の長きに渡りリーダーに頂いていたことを、誇りに思います。(4/2/3005 20:30 EST/4/3/2005 10:30 JST)
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by lapin_histoire | 2005-04-02 02:00 | 歴史のほとりに佇む


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